Ⅰ. チキラボ調査 膨大な自由記述から見える芸能・メディア業界のセクシュアルハラスメント
チキラボでは2023年11月〜2024年1月にかけて「報道・芸能界におけるハラスメント構造についての横断調査」を実施。2024年2月に記者会見で調査結果を公表しました。
▽詳しい調査結果はこちらからご覧いただけます。
調査では、芸能や報道分野、メディア分野に仕事として携わる方275名にご回答いただき、1000件を超えるハラスメントや圧力の事例についての自由記述が集まりました。主な回答者となっていたのは、メディア関係者や出演者でした。
回答者には、仕事でのセクハラ・性暴力や性的接待に関する経験の有無を聞いており、次のような結果が得られています。
・「セクハラや性暴力を受けた経験」が「ある」と回答 131名(51.4%)
・「セクハラや性暴力の事例を聞いた経験」が「ある」と回答 197名(77.3%)
・「性的接待を要求された経験」が「ある」と回答 58名(22.7%)
・「性的接待を見聞きした経験」が「ある」と回答 126名(49.4%)
図1 チキラボ調査 セクハラや性暴力、性接待に関する回答
調査の仕組み上、被害経験が集まりやすい調査であるため、この調査をもって「芸能・メディア関係者の何割に被害経験があった」ということは言えません。とはいえ、多くの問題事例が存在していることを示唆する、驚くべき数値です。
この「性接待」を具体的に説明している自由記述を、いくつか取り上げたいと思います。
・2013年ごろ、テレビドラマのサブキャストをしていた男性俳優がプロデューサーに呼び出され性的接待を強要され断って俳優を辞めたと聞いた。(30代女性・出演者)
・性的接待の話はありすぎて、どれを書けばいいかわからない。思い出そうとすると辛くなってきたので、いまこの詳細は書けない。(30代女性・出演者)
・プロデューサー・ディレクター・マネージャーからキスを要求される、腕組みを要求される、付き合おうと言われる、ホテルで裸で待っていた子がいるという話を聞かされる、〇〇ちゃんは〇〇してたよと延々言われる、何もしないからホテルに行こうと言われる、個室サウナに誘われるなど。風俗接待営業の話をされる。18年前〜今に至るまで。(30代女性・出演者)
・1996年、旅公演中に、女優からセクハラなどを相談された。そこから逃れるにはやめるしかなかった。辞めたほうがいいとアドヴァイスすることしかできなかった。(50代女性・その他)
・1990年代、今で言えばレイプ (40代女性・出演者)
・2017年頃、「●●※特定可能情報」の放送局で、高校のバスケット強豪チームの監督が取材の見返りとして女性ディレクターと女性アナウンサーにそれぞれ性接待を強要してきた。上司側もそれを知っていたので女性を担当させていた。(40代男性・メディア関係者)
現在に至るまで、長年に渡り加害/被害が常態化しているのではないかということも自由記述からうかがえます。
ではなぜこうしたハラスメントが発生しやすい構造にあるのでしょうか。
Ⅱ. なぜハラスメントが生まれる? 実演家個人・芸能事務所・放送事業者・スポンサーのパワーバランス
2024年12月26日に公正取引委員会(以下、「公取委」とします)が「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」(以下、「芸能関係調査」とします)を公表しました。
この報告書を読むと、実演家個人・芸能事務所・放送事業者の3者の関係性の中で、弱い立場におかれる構造にはまり込んでしまった時に、ハラスメントが生じることがわかります。
公取委の調査報告書では、その3者の中で実演家が最も不利な状況に置かれやすいことが指摘されています。実演家はここでは俳優、歌手、タレントやお笑い芸人、声優、動画配信者、モデル、司会者や文化人などをイメージしてくださるとわかりやすいと思います。
また、業界のパワーバランスを考えるためには、公取委の調査では言及されていない「スポンサー」の存在にも注目する必要があります。
さらに、業界のパワーバランスは、個別のケースによって変わりうるという視点を持つことも大事です。つまり、「数字、予算、キャスティング」のいずれかの力を持つ人は、優位な立場に立ちやすいため、「数字をとれる実演家」もまた、スポンサーを獲得できる「予算のとれる番組」に大きな影響力を持ちます。場合によっては、キャスティングに対して影響力を行使することもあります。
チキラボ調査でも、「強い実演家」によるハラスメント事案がいくつか確認されていました。
・前に書いた、自分が演出した舞台で、人気のある女優を使わせる代わりに、新人俳優も使えと、彼女らの所属事務所の社長から言われた。その新人は会って芝居をみてみたら非常に才能のある人で、別の2本めの芝居を演出することにして起用したのだが、人気女優のほうがその新人俳優とある意味比べられることに不満を示したらしく、事務所社長は私のせいだと責任をかぶせ、不当なギャラを要求したりし始めた。(40代女性・メディア関係者)
・20年ほど前の話です。「●●※事務所名」タレントの撮影に行ったときのことです。その人がソファに寝そべりながらマンガ本を読み、若い子はひざまづいて近くに侍っています。しばらくすると「おい、●●買って来いよ!」「早くしろよ!」といいながら、その若い子の頭を足で蹴っていました。今もテレビに出て「いい人キャラ」みたいな立ち位置のタレントですが、そのときの様子が頭にこびりついています。部外者のわたしがいる場面であれですので、内部はもっとひどいことだと思います。(40代女性・メディア関係者)
・監督と男優で結託して女優を騙して予定になかった性的シーンを女優が嫌がっているにもかかわらず強引に撮影したこと(40代・出演者)
Ⅲ.「弱い実演家」にも注目を
他方で、実演家も、強い立場の者ばかりではありません。先ほども触れたように、公取委の芸能関係調査では、むしろ、実演家は弱い立場に置かれていることが強調されています。
まず芸能事務所との関係で、実演家は「芸能事務所に比して情報が少なく、交渉力も劣る」(p.19)ため、不利益な契約内容のまま締結してしまうという状況があると指摘されています。
また、多くの芸能事務所にとっては有力な放送事業者との取引に依存している程度が高く、「著しく低い取引額の設定等が行われたとしても受け入れざるを得ない状況がある」(p.21)とのことです。つまり、実演家個人からすれば、芸能事務所だけではなく放送事業者がその上に覆い被さるようにして、身動きが取れない状況が生まれているということでしょう。
そうした状況の一端を示すデータとして、所属実演家の出演をめぐる芸能事務所と放送事業者の契約書の締結状況に関する、公取委の芸能関係調査の結果を紹介したいと思います。
図2 契約書の有無に関する結果
注)公正取引委員会の報告書の84頁に掲載された図表71を元にチキラボが作成しました。
上記のグラフは、放送事業者との取引について、芸能事務所に対して行ったアンケート調査の結果です。見ると、「契約書は一切ない」「どちらかから書面での契約締結を求められた時以外はない」との回答で合計78%となっています。
さらに以下のデータもご紹介します。見ていただくと報酬等の条件の事前明示について「常にあらかじめ明示されていない」「あらかじめ明示されていない場合がある」との回答で合計54%になっていることがわかります。
図3 個々の実演の条件面の事前明示の状況
注)公正取引委員会の報告書の84頁に掲載された図表72を元にチキラボが作成しました。
つまり、芸能事務所は放送事業者に対して不利な取引状況にもなりうると言えます。
公取委のヒアリング調査においても放送事業者に対して対等に交渉できない芸能事務所の声が寄せられていました。一部をご紹介します。
・事前に口約束で出演料を決定し、出演の 1か月後などに支払われるが、放送事業者に一方的に有利な契約条件の変更を求めても、既に済んだことだからと取り合ってもらえないこともある
・放送事業者等が取引条件の協議の場を設けてくれることはほぼなく、面倒臭いことを言うなら出演しなくていいという高圧的な態度であることも多い。また、「実演家のプロモーションになる」という理由で出演料がない又は僅少なことも多く、問題があると感じる。
こうした不利な取引環境の中で、実演家の実演に対する対価を放送事業者から芸能事務所が受け取っているようです。そして実演家と芸能事務所の間にも力関係が存在するため、報告書にもあるように、実演家個人に支払われる報酬は非常に低く抑えられる可能性があります。
公取委の調査は取引上の不公正が調査対象であるものの、こうした不公正な取引とセットで、「弱い実演家」に対するハラスメントも横行している可能性を考える必要があります。
チキラボ調査では、こうした「弱い実演家」に対するハラスメントと思われる事案についても、数多く確認できました。
・2020年ドラマ撮影の際、監督に不当な理由でキレられ、怒鳴り散らされ、外ロケの道路で土下座をしたり、その後当時のマネージャーに現場から有る事無い事を言われてしまったり。現場から帰らされたりしました。 現場にいたプロデューサーやキャスティング、スタッフは、土下座をする様子も黙ってみていたのみで、誰一人として守ってくれないのはもちろんのこと、その後「あなたも悪いところあったのでは?」などと一方的な文句を言われ話になりませんでした。 (30代女性・出演者)
・2010年代後半から現在にかけ、いわゆる地下アイドルをめぐり、プロデューサーやイベンター・社長と寝る行為が横行していることを、元メンバーといった当事者の証言として幾度となく断続的に聞いた。(30代男性・メディア関係者)
・25年前くらいから今まで、力のない個人や事務所は大きな会社の要求にはNOと言えません。 (50代男性・出演者)
業界の中で、「逆らいがたい構造」が存在することにより、多くのハラスメントが生じていることがわかります。ハラスメントに関する通報などがしやすい体制だけでなく、構造の透明化や対等化が必須であることもわかります。
Ⅳ. 経済的取引の問題以上に、人権問題として取り組む業界横断的な調査を
以上、チキラボ調査の結果とともに、公取委の芸能関係調査の結果の一部を紹介し、芸能・メディア業界でハラスメントが生じる構造的問題について議論してきました。
2024年12月の公取委の芸能関係調査は、第三者による本格的な調査の1つでしたが、自由な競争的取引においてどこに不公正が生じているかを調査するものであり、ハラスメントの被害実態は調査対象にはなっていません。
しかし、取引の中に性接待が用いられている事例もあり、ハラスメントの問題は取引上の優劣構造と切り離すことができない関係にあることを推測させる重要な調査です。
実演家個人・芸能事務所・放送事業者・スポンサーのパワーバランスはある程度固定的な状況はありつつ、流動的でもあります。そして単なる経済的取引の問題ではなく、人権蹂躙という深刻な問題をはらんでいます。
こうした問題を可視化していくには、業界横断的な調査が不可欠です。個別事案の調査だけでは単に「個別事案のもぐらたたき」を続けることになります。ハラスメント事案は過去の問題ではなく、2020年代になっても多発しています。
チキラボは2023年、NHKや民放連を始め、各団体に対して、業界横断調査の実施を呼びかけてきました。個別の放送局についての調査だけでなく、民放連や労連なども協力するような形での合同調査などができれば、より望ましいと思います。こうした調査実施に向けた動きを、業界関係者には強く求めたいです。
【参考文献】
公正取引委員会 2024.12.26『音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査』 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/dec/241226_geinou.html (取得日2025/1/11)
チキラボ 2024『芸能・メディア分野におけるハラスメントや圧力問題についての実態調査報告書』